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九年目の魔法
九年目の魔法 (JUGEMレビュー »)
ダイアナ・ウィン ジョーンズ, Diana Wynne Jones, 浅羽 莢子
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ISAGI-KOJIMA 杉浦志保
日販で流通してない出版社なので、アマゾンでリンクはれませんです。
とりあえず、出版社のオフィシャルサイトをリンク。ここから通販出来ます。
冬水社

幼なじみだった小島と戸田。中学に入って、別々の友人が出来て、なんとなくかかわりがなくなるまでは、「いっちゃん」「ゆうじ」と呼び合って、いつも一緒に遊んでいた。
やがて高校生になって、「優等生」になった戸田と、「落ちていくばかり」の小島。
先生に追われて、平気で三階から飛び降りて逃げる小島を見て、思わず幼い頃の呼び名で「いっちゃん」と呼んでしまう。
本当に落ちていくのは、キレていると言われ、あまりの鋭さに人に恐れられている「いっちゃん」の方なのか。優等生で、だけどまわりの視線や現状に窮屈さを感じている「裕司」なのか。

鋭く危うく、人の心に切り込むような話です。それは、「いっちゃん」の存在そのものなんだろうと思う。
たとえば、ただ先生から逃げるためだけに三階から飛び降りて、何かの間違いでそのまま死んでも、平気なんじゃないかと思わせる危うさ。そのことに、そういう自分に少しの不思議も感じていないところが、本当に痛くて怖い。
間近にいて見ている人間は、本当に怖いのではないかと思う。親しい人間も、親しくない人間ですら、「そういう人がいる」ということを目の当たりにするのは。
「いっちゃん。ちゃんと、大事だと思う人、いるの……?」
そう問いかけずにいられないくらいに、欠けてしまったまま成長した「いっちゃん」は、だけども、その分折れ曲がらず、まっすぐで。
「暴力的に繊細な、不器用な何かの形」という表現が、まさにこの話をあらわしているなあと思います。


杉浦さんはフリースペースで「フツーの環境でも壊れるということを書きたかった」とコメントされてましたが、確かに裕司の状況はそうだったのだろうと。
人のささいな一言に、追い詰められていくような感覚。本当は、一歩でも踏み出して、その真意を問いさえすれば、避けられることなんですよね。だけど、自分の痛みだけにとらわれてしまったり、「必ずしもそうじゃないのかもしれない」とか、表面に現れることがすべてではないということに気づいていなければ、分からないことなので。
人と関わることで救われるのは、必ずしも片方だけではなくて、互いに補い合うものだということに、温かみと切なさを感じます。

杉浦さんの絵の綺麗さと、キャラの眼差しの鋭さがよく生きた作品だと思う。
書き下ろしでオマケに入っている「孤島の鬼」も好きです。
「氷の魔物の物語」も「SILVER DIAMOND」も大好きだけど、この話もすごく好きです。長編に手を出すのは勇気がいるなーという人は、まずここから踏み込んでみてください! ゼヒに!
| 23:47 | comments(1) | trackbacks(48) |
XXXHOLiC CLAMP
XXXHOLiC 1 (1)    KCデラックス
XXXHOLiC 1 (1) KCデラックス
CLAMP

CLAMP作品で一番好きだなあと思うマンガです。
「東京BABYLON」と迷ったんだけど、あれはおじいちゃんの話があるからであって、物語全体としたら、やっぱこっちかなあと思います。
CLAMP作品ってのは、こう、計算しつくされた萌えがちりばめられている印象があるんですけど、この作品はそれが抑えられているかなーと思います。多分、ちょっと方向性が違うんだろう。
白黒の画面を大事にした作画で、トーンがほとんど使われていないからというのも、普段の華やかなイメージとはちょっと違うかも。

何でも願い事をかなえてくれるお店。相応の対価さえ支払えば。
伝承とか伝奇とか、そういうのが好きな人にはたまらないネタ満載です。
「願いをかなえる」その重さというか、難しさというか。願いの大きさに比例して、求められる対価も大きくなる。
そして結局は、本人の意志が必要だったりもする。
でも、そこはやっぱりCLAMPで、女郎蜘蛛が、ベビードールっぽいのを着ていたり、猫娘がブーツをはいていたりして、斬新ですね。
すべては「必然」であり、偶然ではない。これは、物理学でも言われていますが、呪術的な面でもそういう認識ですね。おもしろい。
誰もが誰かとつながっている。自分自身は、自分だけのものじゃない。
時に重く暗い、ズンと来るものがある、だけどコミカルで楽しい。このバランスがさすがです。

「幽」での「夜爪を切ってはいけない」という話についての対談を読みましたが、若い子には、あれの「言い伝えから感じる恐怖」というものが通じないのだなあ、というのがちょっと悲しい。
迷信は迷信で、その裏にある生活に根付いた真意というものが確かにあるんだろうけど、それだけではなく「本当にそれをしてはいけない」という怪奇的なものも、確かに昔にはあったのかもしれませんね。
今の時代は、何もかもを明るみだしてしまう感じがあって、ちょっと悲しいかな。
| 12:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
なんて素敵にジャパネスク 氷室 冴子
なんて素敵にジャパネスク
なんて素敵にジャパネスク
氷室 冴子

先日、大河ドラマでの最近のキャスティングのことなどで「やはり若い人を取り込もうとするので一生懸命だね」という話しをしていたのですが、やはり、若い人がお金を使うようになると景気も良くなるわけで、経済効果としては若者をいかに取り込めるかというところにあるわけです。
だから、若者に媚びるようなキャスティングになったり、グッズ作ったら売れるんだろうなあという人になってみたりする。
もっと若い人が時代物を読むようになったらいいのにねーと言っていて、で「あなたはいつから時代物が好きなの?」と言われた。

よくよく考えると、本当にいつからだったのかよく分からないのです。別段、時代小説好きが身近にいたわけではなく、時代劇を家族がよくみていたわけでもなく。
多分、「なんて素敵にジャパネスク」がきっかけだったんじゃないかなあと思います。小学校4年生の頃でした。
以下、また別所に昔書いていたものを引用しちゃいます(本家ブログです)。

たいへん人気のある小説で、現在漫画化も再開していますね。
初読が小学生のときだったのに、未だに読んで色あせないのです。この人の他の作品もそうなのだけど、特に時代物を舞台にした作品は大好きです。それは、作者が、妥協をしなかったからだろうと思ったりもします。
そしてやはり吃驚するのが、20歳を過ぎて読んでも、作品がおもしろいこと。
言ってみればこの作品は「ぶっとんだおてんば姫君が事件に首を突っ込んで周りの人間を巻き込みながら騒動を起こすどたばたラブコメ」ですね。
「源氏物語」を「紫式部っておばさんが書いた」とか言ってしまうぶっとびぶりだし、平気で「リアリスト」などという単語を使っているんだけど、かと言って、適当かと言うとそんなことはまったくない。
この時代の慣習、特に和歌など、どれだけ勉強したのだろうとうかがわせる。しかし、「考えてみれば」そううかがわせるのであって、決してそれを前面に出してきたりはしない。さらりと流してしまって、ふと考えたときに気づいてびっくりする。これは、本当に上手な書き方だと思います。説明くさくない、でも知らない人が触れてみても訳が分からないとは思わない。これは、作品や題材への思い入れやプライドってものだろうと思います。
はて、小学生の時分にはそういう「お姫様のドタバタ事件簿とちょこっとラブ」(笑)みたいなところを楽しんで読んでいたわけだけど、時間をあけて改めて読んでみると、これがなんとも切ないラブストーリーなんであります。
私、恋愛がメインの小説ってあんまり読まないんですけども、それでも恋愛がテイストに入った作品は好きです。この作品で扱われている題材、身分差、政治の陰謀、そういうものに阻まれ自由にならない思い、妄執、思い出、憧れ……大人が読んで十分に楽しめる。
「春咲く桜。夏の藤。秋の野萩。冬の雪。吉野の四季は夢のように通り過ぎて、あたしたちは輝くように幸せだった。だから生きていけるわ。あの頃を思い出せば、これからもきっと生きていける」(2巻)
このシーンの切ないこと!(そして「続・アンコール」の吉野の話が大好きだ)
そして大人になって読んでみると、なんとも高彬がいい男なんですよね。年下でバカにされてるけど。自分が犠牲になっても、相手の好きなようにやらせてあげて、結果も何もかもきちんと受け止めて。こういうのも小学生の時には見えないことですよ。

こう、何歳になって読んでも、色が違ってみえて、その年なりの楽しみ方が出来る作品を書くというのは、大変なことだと思います。ものすごいことだ。簡単には出来ない(まあこれは年齢に限らず、恋愛小説が好きな人でも楽しめる推理小説、とかキャラ重視な人でも楽しい伝奇小説、とかそういうものでもあろう)。
そしてそれは、作者が決して手を抜かないから、題材や作品に対する意気込み、プライドがなせる業なのだろうなと。読者が気づく必要はない。だけど、努力の結果は確実に作品に深みを生む。気づいてみたら、より作品が楽しめる。
そしてそれは読み手を馬鹿にしてないからなのだろうなと思う徒然。どうせ知らないでしょ、どうせバレないでしょ、という程度では書けない話。
資料を調べる、題材に対して勉強をするというのは、色々な意味がありますが、それのうちの一つに含まれるのはこれであると思う今日この頃です。
| 20:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
銀の海 金の大地 氷室 冴子
銀の海 金の大地―古代転生ファンタジー
銀の海 金の大地―古代転生ファンタジー
氷室 冴子

 謳い文句が「古代転生ファンタジー」。
 私の中学時代は、すべてこれ(と、勾玉三部作、つうか白鳥異伝。薄紅天女はまだ出てなかったしな)に捧げたと言って過言ではないくらいに好きでした。古事記の時代の話。
 数奇な運命を背負った真澄と真秀の兄姉と、実在が謎の佐保一族を描いた話です。

 時代の様相、人々の暮らし、身分、信仰、とにかく調べて書いてある、と言って過言ではないかと。
 はっきりいってとても痛いばかりの話です。容赦ないです。
 見ることも聞くことも話すことも出来ない兄と、業病の母を抱えて一生懸命生きている主人公が、彼らを守り自分も行き抜くためにどんどん強くなっていくのですが、それがとにかく痛みをともなった強さで、つらい。
 だけど真秀が、力強く立ち向かっていく姿に、がんばれ、と応援したくなります。とにかく、話のスケールがでかい。

確か真秀が、聖徳太子の時代まで転生し続けていく話で、今出ているのはあくまで序章なんですよね……。
古事記に、佐保彦の反乱を書いた話があり、続編が出たならば「佐保彦の章」だったらしいので、このあたりが扱われたのでしょうね。色々と、佐保がこれからどうなっていくのか、予想させる記述があり、とても読みたくてたまらないのですが、「真秀の章」で止まってしまっています。

 文体がやわらかいのだけど、語られていることは厳しくて、激しさがあって。決して説明的になってしまわない文章です。コバルトとは思えないです。本当に、この人は別格。個人的にこういう文体にあこがれました。
 中学の時、めちゃくちゃ大好きで、どこへ行くのにも持って歩いてました。これを読むためだけに雑誌のコバルト買ってました。挿絵もイメージにぴったりだったし(今の飯田さんの絵よりも、この頃の方が好きだ〜)。
| 00:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
レ・ミゼラブル ヴィクトル ユーゴー
レ・ミゼラブル 全4冊
レ・ミゼラブル 全4冊
豊島 与志雄, V.(ヴィクトル) ユーゴー
志雄

次にこの小説の感想を書こうと思っていたのに、かつて読んだのがどなたの翻訳だったのか覚えていなかったので、遅くなってしまいました。
結局、誰かわからないから、まあいいか……と(笑)。

最初に読んだのは小学3年生のときで、学校の先生に驚かれた記憶があります(笑。ちなみに、子供向けではなくて大人向けの二段組でした)。それ以来再読はしていないのですが、映画を見たときにストーリーを忘れていなかったので、小さい頃に読んだものって結構記憶に残っているものだなと思いました。そして映画のラストが、原作と違う解釈になっているなあ、と思ったので。
どうしても映画化となると、原作の場面の取捨選択が出てくるし、ダイジェスト的になるのは否めませんが、それでも、映画のテーマ性を失わず、食事のシーンにですら涙が出てくるような、映画化としてはすばらしいものだったと思います。

一切れのパンを盗んだために19年間投獄され続けてきた男、ジャン・バルシャン。自分を信じてくれた神父を裏切り、銀食器を盗み捕まったジャン・バルシャンに「これはさし上げたものです」とかばってくれた。人を疑い、陥れることを考えていた自分の愚かさに気づいたジャン・バルシャンが、善人になることを決意し生きていく人生の物語なのですが(こう書くとなんだかとっても陳腐になっちゃうんですが)。
投獄されていたという事実、彼を疑い追い続ける刑事、貧しい時代、革命。そういったものに翻弄されながらも、懸命に生きていく姿。
今まで人の情に触れたことのなかった人間が、神父に示された無差別の情愛のために目を覚ますというところは、きれいごとだろうと感じる人は感じるかもしれないけれど、本当にそれまで、そういったものに触れたことのない人には稀有なことに感じるのではないでしょうか。
そうして、自分自身も人のために生きようと決意する。自分自身の身の危険もあるのに、投獄の恐怖もあるのに、愛する者と離れたくないのに、相手のために自分を犠牲にする。その葛藤と決意と痛み。

ラストのことを書いてしまうとネタバレになりますが、幼心にもなんともやるせないなあと思ったのを覚えています。
ジャン・バルシャンの波乱に満ちた人生をずっと追ってきて、最初の恩に報いるために懸命に生き抜き、かけがえのない娘のような存在を得て、それでも、最後にはこういった終わりを迎えるのもまた人生なのかと……。


レ・ミゼラブル
レ・ミゼラブル
| 18:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
新学期 長野 まゆみ
新学期
新学期
長野 まゆみ


新学期

河出書房新社
長野 まゆみ

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この作者の作品には、隅々にまで世界がある、と思います。
少年たちの制服や女性の着物の描写、茶葉と香り、和菓子や食べ物、どういうときに何を飲むかという順序、そういったところに細やかな描写があるのですが、うるさくないんですよね。きれいに世界に溶け込んでいる。むしろそういうものの積み重ねが、長野まゆみだと感じられます。
それはたぶん、作者自身が生活の中で大切にしている部分だと思うのですが。ハリーポッターなんかも小道具が楽しい作品なんですが、ああいうワクワク感というか、アイテム的なところはまったくないですね。
この人の作品の場合は、こういった洒落のある小物を、登場人物たちがさりげなく目に留めて語っているあたりも風情があるのかもしれません。
この「新学期」は、5,6年振りに読んだんですが最初に読んだときは、そういう風情に気づかなかったんですよ。だけど、ストーリーがすごく好きだったんですよね。すごく、というのは語弊があるかな。沁みるように好きでした。
言ってしまえば、年の離れた兄に引き取られて転校した少年と、そこで出会った不思議な少年との交流の話なんですが、激しく緩急があるわけではなく、割りによくある長野まゆみ的物語なんだけど、そのあたりの少年たちの距離感のようなものが透明で、同時に少しの粘着さもあって、なんともいえない雰囲気です。ひねくれて素直になれない少年の心情とかね。
このあたりの距離感が好きなんだよな、この話、と、上の物語を演出する小物にも新しい目線で気づかされながらも、あらためて思いました。
(それにしても、なんとも分類し難い物語だ。微妙なカテゴリを作ってみたよ)
| 17:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
彼方から ひかわきょうこ
彼方から (1)
彼方から (1)
ひかわ きょうこ

いわゆる「異世界召還」作品なんですが、この作品がまず他と違うのって、「言葉が通じない」ところでしょうか。
言葉が通じないからこそのやり取りのおかしさというか、かわいらしさも素敵ですし。
ノリコが異世界にいきなりほうりこまれて、訳のわからない状況に放り込まれて怯えていたのに、言葉が通じないところから「嘆いているだけじゃなくて今の自分にできるのは、言葉を学ぶこと」「言葉さえ分かれば出来ることがあるんだ」っていう風に気づいていくことにもっていくのがいいな。行動のなにもかもにも意味がある、っていうのは。
「今の自分に出来ることをしよう」
「他の誰かが出来ることではなくて、自分ができることをしよう」
という、ノリコの決して気張らない前向きさがいいですね。
何回読んでも涙が出てくるのですが、悲しいとかじゃなくて、暖かさで泣かせるなんて、簡単なことじゃない。
暖かい反面、生易しいといえば生易しい部分もあるんだけど、語られていることや主張が決して上っ面ではない。


あーそれからとにかくイザークがかっこいい!
「顔のわりにせこい」とか言われてしまっているのがいい(笑)!
結構スキンシップ過剰なくせに、いつまでも「あんた」と呼んでいるのがいい(笑。「あんた」か「ノリコ」だよね)! 慣れ慣れしくならず、遠くなく、という感じで。顔のわりに甘くないのがいい。

異世界に行ってしまったときの状況が、あまりにものほほんとしていたのと同様、最後にどうするかを選ぶときにも、決して悲痛さなどがなく、あたたかい終わりだったことも、とても嬉しい。
先への希望……というか「温かい目で未来を見ること」を感じさせてくれる、キャラクターたちがしあわせに生きたであろうことを信じさせてくれる作品でした。
約10年で14巻、ほとんど作者ひとりで描いていたという職人気質な方ですが、だからこその丁寧な物語なのだろうなと思います。そしてクオリティも保たれているし。
とても暖かい物語です
| 01:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
西の魔女が死んだ 梨木香歩
西の魔女が死んだ
西の魔女が死んだ

一応、ファンタジーに分類したけど、少女小説としても、児童書としても読める話ですね。

何もかもに対して「癒し」だとかそういうことを簡単に言う風潮があるけれど、そういうあやふやで不確かな、簡単な印象を与えるようになってしまった言葉では言い表せない。地に足をつけ、確かな「人間」の思いの暖かさを感じさせてくれる話です。
中学生になり、周囲に打ち解けることが出来ず、不登校になった「まい」が、イギリス人であるおばあちゃんのところへいき、一緒に生活し、そして元の生活に戻っていく、という、言ってしまえばとても簡単なストーリーです。


この方の作品は、作者の真摯な姿勢が、視線があらわれているなあ、といつも感じます。
文体は淡々としていて、煽るようではなく、大げさではなく、それが少しものたりなくも感じるのだけど、だからこそ真摯に伝わってくることがある。人に対して、さまざまな物事に対して、真剣に向き合っているのだなということが伝わり、そしてその視線に諦めがないからこそ、あたたかみのある作品になるのだと思います。
感動感動、と叫ぶような作品を書くのではなく、「良書」と呼べる作品を書く人だなと思います。さまざまなことを考えさせ、さまざまな思いを読み手に染みるように与えて、呼び起こさせる、そういう作品を書く人だなあ、と思っています。
この作品に関しては、西の魔女が死んだ、このタイトルがすべてを物語る作品なのですが、「まい」はおばあちゃんとのんびりと、起伏のない、けれどジャムを作ったり鶏の世話をしたり、エプロンを作ったりと、おばあちゃんに教わりながら「魔女修行」を行います。
やがておばあちゃんと「ゲンジさん」という人について喧嘩をしてしまい、そのままちゃんと仲直りをすることなく別れて、二年の月日がたってしまいます。
そして、まいは、おばあちゃんの思いの暖かさを、改めて知ることになるのですが。
ラスト2ページほどで、本当に、突然もう弾けるように涙が出てきました。
人の思いの暖かさとその思いの力、誰かに思ってもらえるということの優しさと、その稀有さ、そういうものを感じさせてくれます。

| 00:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
氷の魔物の物語 杉浦志保
日販で流通してない出版社なので、アマゾンでリンクはれませんです。
とりあえず、出版社のオフィシャルサイトをリンク。ここから通販出来ます。
冬水社
友人がこの会社大好きで(笑)、それで色々借りてこのマンガに出会いました。
もともと同人サークルをやっていた3人で会社を興して、社長、副社長、専務もマンガ家を続けている、というスゲー会社です
(そして友人はいつも心配しています(笑)。でも最近、氷の魔物のヒットとかで名前売れてきたから大丈夫なんじゃないかなあー)。


やっぱ杉浦さん好き。すげー好きだ。
なるしまさんが好きだーって言うのとは違う感覚でこの人の作品がすごく好きです。
なるしまさんの場合は、作品を作る上での作品世界の深さとか、裏打ちされた情報とか、そういうところの熱意が伝わってくるし、フィクション世界の中にリアリティが見えて(特に人間の感情とか)すごいなあ、と思うし、マンガ家さんだけど言葉の選び方がすごくセンスがいいと思う。杉浦さんの場合は、とにかく暖かくてやさしい作品で、絵も美麗で、笑いとシリアスの共存が絶妙だと思う。「氷の魔物の物語」もそうだけど、この人の作品って読んでて暖かくなると言うか、「ああ、人間が好きなんだろうな」と思う。インタビューでの「生きてる人が好き」と言われてましたが、それがすごく表れている気がします。ついでに「マンガ描くの大好きなんだろうな」って思います。
なるしまさんのマンガは、人のエゴだとか弱い部分だとかも描いて、だけどその中にある人の温かさやしたたかさが好きなのだろう、と弱い部分もくるめて好きなのだろうと思わせてくれるのですが、杉浦さんの場合、そういう清濁を飲み込んでも、この方のフィルターを通して表に出てきたときに、とても優しいものに変わっている、そんな感じです。
もちろん、私はこの人のここが突出してるなあと思う部分がそこであって、二人を比べてどちらかが良いと言ってるものに、もう一方がまったくそれが足りないというわけではなく。

「氷の魔物の物語」は、氷の心を持つ魔物が、心優しい少年と出会い、生きる喜びだとか人を好きになる心だとかを知っていく、わりとありがちといってしまえばありがちなストーリーなのですが、もう、それだけでは終わらないのです。
昔人をたくさん殺して「返り血」という名前を与えられたブラッドに、イシュカは「もう殺しちゃだめだよ」と約束させるのですが、戦いの中で「殺さない」ということは「殺される」かもしれないということ。
とても「清い」だけの存在だったイシュカは、たった一人生きていてくれればいいと思ってしまう自分を許せなくて、自分を追い詰めていってしまう。
どちらかがどちらかに救われたとかじゃないのだなあと、おもいました。
「生きていけ」
その言葉がとても温かく響く作品です。
ついでに言えば、ボケも最高(笑)!


ただ、掲載されていた雑誌が昔BLメインだったので、作品の最初の方はそういう色がちょろーっとありますが、気にならない程度だと思います。
BLとかそういうのじゃなくて、家族愛のような、「かたわれ」という二人ですね。
ついでに、最初の頃は絵もそんなに上手じゃないかな〜という感じなんだけど、どんどん美しくなっていきます。表だって大変だとかそういうことを全然トークで書かない方ですが、努力の跡とか、マンガが好きなんだなということがそういうとこで表れてて好き。

ちなみに、主要人物がみんな美形ってとこも好きだ。メンクイとしては(笑)。
| 21:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
蒼穹の昴 浅田次郎
蒼穹の昴(1)
蒼穹の昴(1)
浅田 次郎

中国清朝末期。西太后が国を統べ、中国を皇帝が支配していた王朝時代は終わりを迎えようとしている頃。国には阿片があふれ、諸外国に踏みにじられようとしており、若者は革命を起こそうとしている。日本は明治を迎えた頃の話です。

貧しい生活をしていた春児(ちゅんる)。
父親、長兄は早死にし、次兄は病気、三男は行方知れず、疲れきった母と妹を生かすのは幼い彼だけ。それでも彼は明るく笑い、糞拾いをして一生懸命に生きていた(道端に落ちていたりする糞が燃料になるんだとかで、裕福な家に持って行くと何かに変えてもらえる。でも要するに物乞いと一緒なのだとか)。そしてある日意外な予言をきく。
「なんじは昴を守護星とし、必ずや西太后の財宝を手中におさめるであろう」
その予言を信じ、「もし西太后の傍にあがることができれば、家族が飢えずにすむ」という淡い希望にすがり、彼は宦官になります。

宦官になる、とは、貧しい人間や、科挙に受かるほどの学がない人間でも後宮にあがることができる方法ですが、自分の肉体の一部を切り離すわけですから、簡単なことではありません。そして後宮にあがるのだから、政治的な意味がからんでくる。西太后に気に入られるには、あらゆることができないといけない。上官に憎まれたら、鞭で叩き殺される。
どんな過酷な状況でも笑顔を失わず、とにかく懸命に生きている春児がとても切ないです。彼に告げられた予言の真相が語られたとき、その予言に託された思い、願い、そして春児の真意。
ただ予言にすがるのではなくて、あきらめるのではなくて、自分の手で動き人を動かし、笑顔であり続けた彼の思いに、何度読んでも泣いてしまいます。


歴史の裏側を描いた作品と言うのは大好きです。
表ではこう語られているけど、実際はこうだったのでは? こういう事情があったのでは? という想像、それは、歴史作品ならではの楽しみだと思います。
歴史を動かすのは紛れもなく人間で、年号や文字ではなく、間違いもなく人間なのですから、これが好きだからこれを選ぶとか、これは許せないとか、そういう個人的な事情が絡んで当然だと思う。現実に歴史として表れている物事が「なぜそうなったのか?」というのを考えるのはとても楽しいし、この作品のいじりかたはとても好きです。
国を滅ぼさなければならない。壊さずに滅ぼさなければならない。本当は国を救いたいのにそれは不可能だから、行動を起こす。本当は愛しく思っているのに、彼らが正しいと思っているのに、その道のためには取り除かなければならないから、殺す、排除する。けれど片方ではどうしても捨てられなくて、振り回されてしまう。
歴史を動かしていった人たちの苦悩、嘆きを描き出した作品でもありました。


初めて読んだのが高校生で、世界史をまだやってなかったので、その辺りの時代背景は詳しくなかったのですが、十分に心を打たれました。
何回目かに読んだときには、世界史で清朝の頃のことを少し勉強したので、余計に物語が染みてきました。知っていなくても物語が味わえるし、知っていれば歴史に絡んだ人々のことがよく分かる作品だと思います。
ついでに言えば、京劇を見る機会があって、ああ、これをやるために、みんなすさまじい修行をしているんだな、確かに、ものすごい美と体を駆使した演技だな、と思いました。

読むたびに涙が止まらなくなる作品です。
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